⑪愛犬がいなくなること

 昨夜遅く、横浜でも雪が少し降って、朝には積もるかなと期待したけれど、雨に変わって積もっていなかった。残念。ボニーは雪が大好きだから、せめてもう一度、大雪のなかでボニーと遊びたい、という思いがつい天気予報の雪マークを見ると湧き出てしまう。

 まだ1月だから、もしかしたら3月くらいまでにはもう一度チャンスがあるかもしれない。雪なんて大迷惑と思うのがほとんどの大人だけれど、こういう子どもじみた気持ちにさせてくれるのも犬と生きることの楽しみかなと思う。

 ときどき犬について書かれた本を無性に読みたくなることあって、昨晩はボニーを寝かせた後、哲学者の池田晶子の愛犬についてのエッセイ集『犬の力を知っていますか?』(NPO法人 わたくし、つまりNobody編、毎日新聞出版、2015)をパラパラと読み返した。池田晶子は2007年に46歳という若さで亡くなってしまったけれど、生きることの意味を冷静に見つめるたくさんの哲学書をとてもわかりやすい文章で残したから、いまもファンは多いはずで、ぼくもそのひとりだ。特に2代にわたるコリーの介護とその死に向き合ったエッセイは、いまの自分と重なり心に染みる。

「犬との付き合いは、老齢期こそが味である。」

 そうだ、そうだ、と思う。そして、精魂尽き果てるほどの壮絶な老犬介護の日々が綴られ、最後を見届けたあと、

「犬は、神様が、人のために創った生きものである。人を愛し、人に尽くし、人に愛を教えるために遣(つか)わされた魂たちである。」

とも書かれている。ほんとうにそうだと思う。


 今朝、目覚めてボニーのところにいくとハウスで小さなウンチをしていた。よしよし、と頭を撫でた。

 また雪のなかを散歩したいね、と話しかけながら寒い雨のなかを今日は短めに歩いて帰った。


 雨のなかちいさく佇む老犬に
 カメラを向けて冬は深まる


  

 


 

コメント